『私は告白する』(1952年)
この作品はアルフレッド・ヒッチコック監督、モンゴメリー・クリフト主演の巻き込まれ告白サスペンスです。
なおこの文はネタバレ全開となっています。
1952年 ワーナー アメリカ作品
ランニング・タイム◆95分
原題◆I Confess
プロット◆偶然が重なり被告になった神父が無罪になり真犯人を許す話しのようです。
音楽◆ディミトリ・ティオムキン
ワーナー発売のDVDにて。画質は非常によいです。
キャスト
モンゴメリー・クリフト→容疑者のローガン神父
O・E・ハッセ→小細工の教会使用人ケラー
アン・バクスター→グランフォール夫人のルース
ドリー・ハース→ケラー夫人のアルマ
カール・マルデン→ラルー警部
ブライアン・アハーン→ロバートソン検事
ロジャー・ダン→旦那のグランフォール
ジャドソン・プラット→部下のマーフィー刑事
チャールズ・アンドレ→上役のミレ神父
ジール・ベルチェイ→自転車のベノア神父
オヴィラ・レグリー→殺された弁護士ビレット
アルフレッド・ヒッチコック監督の演出はよいと思います。
やたら斜めのアングルに凝っています。
照明は陰影を付けた手法です。フィルム・ノワールというかヒッチ監督が若い頃に受けたドイツ表現主義の影響か?興味深いとこです。
モノクロの絵はきれいです。空がホント青く見えそうです。
足音の効果音がはっきりと聞こえます。なるほどこの頃からこだわっていたんだ。
告白を漏らさないこと、「許して下さい」がこの作品のポイントか?
この作品は「許して下さい」のセリフが撮りたくて作ったようなものかなと思います。このセリフはなかなかいいものです。
そういえばSF作家 平井和正の大好きなセリフでもあります。原作を書いたマンガ『エイトマン』では「許すと言ってくれ」が多く使われています。電子頭脳の中の記憶は人間だけど体はロボットのエイトマンにこのセリフを吐くのは何か凄い。
カナダ、ケベックが舞台。
ケベックが舞台になっている作品です。それにしてはその感じがしません。マダムと言っているとこしか感じが出ていない。ブライアン・デ・パルマ監督の『悪魔のシスター』(1973年)のほうがよっぽど感じが出てました。まああれはマーゴット・キッダーのトークのフランス訛りの英語のアクセントに大分助けられていますが。
ワーナー2作品の唐突な展開。
クライマックスになるといきなり発砲するのが唐突な訳です。何でこうなるんだ。それで同じワーナー作品でも舞台そのまんまな『ダイヤルMを廻せ!』(1954年)に至る訳なのかも。『ダイヤルMを廻せ!』は契約が残っていたから仕方がなく撮った作品だそうです。それにしては出来がよすぎるようですけど。
『静かなる男』(1952年)との共通点。
何故かジョン・フォード監督、ジョン・ウェイン主演の作品と似たシーンがあります。
タイトルバックの絵がそっくりです。
恋人同志で雨に降られるとこも同じです。
2作品とも同じ制作年度です。何でこうなったの?
『私は告白する』(1952年)のほうが実質的には後になるのかな。
プロローグ。
タイトルでAlfred Hitchcock'sと表示されています。これだけで何か特別な感じがします。実際に面白いけど。
カナダ、ケベックが舞台となっています。
川の風景のタイトル。
大きな建物が目立ちます。
矢印の標識。ディレクション。
まずヒッチコック監督がロングショットで登場した後に矢印で表示されるDIRECTIONと言う看板が面白い。ディレクションのモトネタの作品です。
このオープニングのディレクションの標識でのモンタージュはよいです。
で、男が殺されています。
怪しい男が立ち去ります。神父の服装です。
教会に戻るその男。教会使用人ケラーです。
これを見ているモンゴメリー・クリフト扮するローガン神父。
で、教会内のケラーに話しかけるローガン神父。
ケラーの告白となります。ビレットを殺したと言ってます。
「私は告白します」のセリフがあります。
ケラー夫人のアルマにも殺したことを話すケラー。ローガン神父はこのことを言えないとケラー。
ケラーのセリフで神父は懺悔の内容を明かせないと言わせてこの設定を見ている人にわかるようにしています。
この作品は馬鹿馬鹿しい偶然の一致と神父は懺悔の内容を明かせない設定が納得していないと見てて乗りが悪くなります。
この作品は辻褄合わせで突っ込まれる為にあるのかな。馬鹿馬鹿しい偶然で突っ込まれるのもあります。これらにこだわっていたらヒッチコック監督作品は見られません。
次の日出かけるケラー。
どこへというとビレットの家だったりします。いつもの仕事なんだと。
平静を装って殺したビレットの家に行くケラー。
ケラーは元々ビレットの家でも仕事をしていたとのこと。
教会にて。
ローガン神父はいつものようにしています。
ペンキの話しが出ます。
食事となります。
ケラー夫人のアルマは食事の支度をしながらローガン神父をうかがっています。
アルマの主観ショットとアルマのリアクションショットの切り返しをやっています。ヒッチコック監督独特の手法です。ケラー夫人は事情は知っているがどうにも出来ない立場です。
これを説明セリフ無しでやっています。
出かけるローガン神父。
行き先は殺されたビレットの家です。殺人事件で大騒ぎになってます。
カール・マルデン扮するラルー警部が登場。この人もメソッド演技が得意のの人でしょう。
証言するケラー。どうやら死体の発見者らしい。自分の都合のいいように取り繕います。
ここでヒロインのグランフォール夫人のルースを演じるアン・バクスターが登場します。ビレット家の前まで来ますがローガン神父に止められています。それを見ているラルー警部。
教会に戻るケラー。
ローガン神父はペンキ塗りをやっています。手伝いながら泣き言をいうケラーです。よくわからんキャラだ。
グランフォール家にて。
パーティにてグラスにフォークのバランスの妙技を披露するブライアン・アハーン扮するロバートソン検事が登場。この妙技は有罪無罪の検事の仕事なんてたいしたことではないという象徴だそうです。
警察にて。
ロバートソン検事とラルー警部。
ラルー警部が証人の少女2人と話します。
神父の姿を見たとのことです。
事件の夜の神父を調べるモンタージュとなります。
で、ローガン神父にたどりつきます。
ローガン神父は警察に行きます。
ラルー警部とローガン神父。
現場に来ていたルースのことになると証言を拒否するローガン神父です。これで怪しくなってしまいます。
ローガン神父にはアリバイもありません。これもルースが絡んでいます。
この辺はローガン神父とケラーの対比の描写が多い。
偶然にもアリバイがないローガン神父。偶然が多いです。
グランフォール家にて。
パーティでコップでのバランスの妙技を披露するロバートソン検事。
ラルー警部から電話がかかってきます。
メイドにはフランス語で喋ってるルース。バクスターのことをマダム・グランフォールと呼ぶのがカナダのフランスのゆえん。
夫婦仲は悪いらしい。
電話でローガン神父を呼び出すルース。
出かけるローガン神父。尾行が付いています。
待ち合わせのフェリーにて。
ローガン神父とルース。
ローガン神父のアリバイ証言をするとルースです。
このシーンはスクリーン・プロセス使用。
尾行が付いているか怪しむシーンがありました。尾行者らしい人がうようよいます。そしたらホントに尾行が付いていたと後になってわかります。これは面白い手法です。ヒゲの男が刑事で、マジに尾行がついていました。これでまたローガン神父は不利になります。
警察にて。
ロバートソン検事とラルー警部。
ルースに電話となります。
グランフォール家にて。
証言すると夫に話すルース。ローガン神父の無実のためです。
警察にて。
ローガン神父のためには証言をするルース。
ラルー警部が張り切って段取りしてローガン神父とルースを同席させての証言となります。これはローガン神父への嫌がらせなのでは。
証言するルース。
回想となります。若作りのアン・バクスターです。
殺されたビレットと会ったことを回想するルース。
何年か前となり何故か斜めのアングルで会う若い2人。この若作りのアン・バクスターが少し変と気になったりします。戦争で別れます。
戦争から帰ってきたローガンと会う2人。フェリーで出かけた先で雨に降られます。フェリーに乗り遅れて一晩を明かすことになります。
戦争と言ってたから10年ほど前に別れて戦争を終わってしばらくしてから再開したとなっているから、再会したのが5.6年前ということらしい。
それでつい最近にまたローガンに会ってビレットの脅迫のことを相談したらしい。この辺からようやく話しがわかってきます。ハッキリ言って話しがわかりにくい、この作品がヒックコック監督にしてはそんなに評価されていない理由の1つのようです。
ビレットに脅迫されていたとルース。
ビレットは2人が会ったことをネタに脅迫していたとのこと。それでローガン神父に相談したら話しをつけてやるとなったらしい。疑われて当然というか、そのビレットを殺したのがケラーとはこれがまた偶然の一致とのことです。
そんなこんなで証言は終わります。
やる気満々のラルー警部。せっかくの証言はあまり役にたたないような。
グランフォール家にて。
ロバートソン検事がやって来ます。
ルースの証言はかえって事態を悪化させることになります。ローガン神父のアリバイも30分違いで証明出来ず、ビレットを殺す立派な動機も提供することになります。
11:00と11:30のズレでせっかくの証言が仇となって動機作りになっただけとのことです。
教会にて。
ケラーの方はローガン神父に対して不利なことを証言して小細工に励みます。
ローガン神父に告白に関してしつこく聞くケラー。
ケラーのセリフよりローガン神父の無言ショットが物を言うというのがよいです。
ハンドガンのルガーP-08を準備するケラー。
ギャング映画が売りのワーナーらしい展開となっています。
何故かヒッチコック監督のワーナー2作ともハンドガンはルガーP-08になっています。
あてどもなく町を歩くローガン神父。
映画館ではハンフリー・ボガート主演の『脅迫者』The Enforcer(1951年)上映中のポスターが見られます。これは同じワーナー作品なのでお遊びです。
警察はローガン神父が逃亡したと大騒ぎとなっています。
ローガン神父はラルー警部のもとに来ました。
ローガン神父は不利な立場のまま法廷シーンとなります。
マーフィ刑事の証言。
パナール医師の証言。
ケラーの証言。また都合のいいことを言ってます。
ルースの証言。
ローガン神父の証言。最後まで告白の内容を言わないローガン神父です。
法廷のシーンではケラー夫人アルマのリアクションをていねいに撮っています。段々とこの作品のヒロインは誰なのか?ルースとは違うのではないかいとなってきます。
それにしても何で映画の裁判のシーンは面白いのでしょう。不思議です。
ケラー夫人アルマは真相は知っているがどうにもならない立場となっています。
で、評決は無罪となります。
ローガン神父はその場で釈放となります。
釈放されたローガン神父に収まらない群衆がリンチをかけようと押し寄せます。
これをリンゴをかじりながら見物している太った女性はその後ろにいるケラー夫人アルマに対比するように演出されて配置されてるそうです。この手法はロバート・シオドマク監督の『幻の女』(1944年)で使われている手法のバリエーションです。さすがにそのままでは使わないのがヒッチコック監督の映画作家としての意地だと推測されます。
ケラー夫人アルマはこれを止めようとしてケラーに撃たれます。
混乱の中でいきなり自分の夫人に発砲するケラーです。これはいかにも唐突でヒッチコック監督らしくないと思えます。撃ち合いが売り物のギャング映画といえばワーナーなのでその影響なの?となります。
ところでルガーP-08の特徴的なトグルアクションは作動していませんでした。巨匠がこういうとこで手を抜いてはいけません。ちゃんとやってください。
ケラー夫人アルマは死に至ります。ローガン神父に許しを乞うのが最後の言葉でした。この作品のヒロインはケラー夫人のアルマです。
ケラーは逃走してホテルに逃げ込みます。
ローガン神父を罵るケラー。
これを聞いていたルースはどうやらローガン神父は告白を漏らしてしまったと判断して苦笑を浮かべて旦那のグランフォールと現場からさっさと立ち去ります。何なんだこのヒロインのキャラクターはと?が付いたりします。どうなってんの?
ケラーは警察に撃たれます。
瀕死の状態でローガン神父に許しを乞うケラー。
感動的なのですが何となくピントがずれているような。
ケラーは単なる悪役ではなく描写されています。そのかわり見ててあまりスッキリしなかったりします。
ヒロインの模写バランスが相当ぶれているようです。ホントのヒロインはドリー・ハース演じるケラー夫人のアルマとなるようです。ヒッチコック監督夫人の名はアルマといいます。そう考えるとなるほどとなります。
役名アルマは偶然そうなった訳ではなく何か意味があるのでしょう。ケラーがヒッチコック本人、アルマがヒッチコック夫人、これがホントのとこなのかもしれません。
エンドはまた川の風景となります。
大きな建物はホテルのようです。
結構キャスティングは渋くで豪華です。
モンゴメリー・クリフトは黒部進みたいです。
モンゴメリー・クリフト出演作品はこの作品とハワード・ホークス監督のウエスタン『赤い河』(1948年)しか見ていません。
モンゴメリー・クリフトはいったらアクターズ・スタジオ仕込みのメソッド演技でしょう。このメソッド演技というのはたいていの有能な映画監督からは嫌われています。クリフトはヒッチコック監督の演技指導を聞いていたのかな?
本『映画術』によるとヒッチコック監督は俳優は何もしなくていい、何か対して反応をしてくれればいいとなっています。これでは合うわけがないでしょう。
メソッド演技というのは要するにその演技だけで何を思っているかを演じてしまうことのようです。カット割り、モンタージュ、クレショフ効果等の映画的手法の対極にある手法なので映画監督には嫌われるわけです。
ラルー警部を演じるカール・マルデンは好演しています。どこかで見たような顔なんです。なんでだろ。
アン・バクスターは有名な建築家フランク・ロイド・ライトの孫だそうです。
パーティの後のシーンで召使い相手にフランス語を使っていたような。
殺され役ビレットに扮する俳優がステロタイプの見本のようなものです。水野晴郎にソックリなので、これは殺されて当然となります。
カール・マルデンの部下のキャストがまたどこかで見たような人でした。丸顔に下がり眉毛が特徴です。→マーフィー刑事です。
この告白を漏らさない設定はカトリックのことで、プロテスタントの人達が見たらおかしな設定だとなっていたそうです。それなら無宗教の日本人が見たら何だかわからんではないか。
そんなわけで告白より許しを乞うのがポイントの作品のようでした。悪くはない作品だと思います。
本『映画術』でこの作品に関連したクロロホルムを使った毒殺の話しが面白くて、この作品より面白そうだったりします。その中で興味深いとことしては、飲み込むという動作は随意運動なので自ら飲み込もうとしなければ飲み込まないらしい。ですから気絶しているとこにクロロホルムを流し込んでも飲み込まないということです。
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映画の見方がなってませんね。
ホテルでケラーが、神父を信じられず、
神父が懺悔をバラしてしまったと勘違いして
神父を責めたてたことにより
ケラーは自から告白してしまったんですよ。
彼女は、その顛末を聞き、
神父の無実が明かされたことを見届けたから
夫と立ち去ったのです。
苦笑ではなく、安堵の笑みでした。
もっとしっかり映画を観ましょう。
投稿: なずな | 2014.04.17 13:09
なずなさん、いきなり全否定はキツい。
もう少しお手柔らかにお願いします。
投稿: ロイ・フェイス | 2014.04.19 14:21