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2013.03.23

『ブルース・リーが世界を変えた』

この作品は、スティーブ・ウェッブ監督、ブルース・リーの信奉者総出演のドキュメンタリーのようです。
なおこの文はネタバレ全開となっています。

2009年 A & E television networks アメリカ作品
ランニング・タイム◆91分
原題◆Bruce Lee Changed The World
プロット◆ブルース・リーについてのドキュメンタリーのようです
music supervisor◆Chris Robertson

スカパー! プレミアム 676 ディスカバリーチャンネルにて。
画質はよいです。アーカイブ・フッテージは例外ですが。
スクイーズ収録録画のフル表示。
画面サイズはワイド。基本的に上下左右黒味なし。フルスクリーン。映画アーカイブではワイドスクリーンで上下黒味ありになります。
音声は AAC 2.0ch

キャスト
カリーム・アブドル=ジャバール→NBA選手
ジャッキー・チェン→カンフースター
マーガレット・チョー→コメディアン
グレイディ・ヘンドリックス→映画批評家 バラエティ誌
レイモンド・チョウ→良心のない映画プロデューサー
ロブ・コーエン→映画監督
ランディ・クートゥア→UFC総合格闘技の選手
エディ・グリフィン→俳優兼コメディアン
ターキー木村→ブルース・リーの弟子
スタン・リー→マーベル・コミックス
LL・クール・J→ラッパー兼俳優
ベイ・ローガン→良心のない映画プロデューサー
ブレット・ラトナー→映画監督
RZA→ラッパー兼音楽プロデューサー
ジョン・サクソン→映画俳優
ラロ・シフリン→天才映画音楽家
ジョン・ウー→アクション映画監督
ドニー・イェン→カンフースター
リンダ・リー・キャドウェル→ブルース・リー夫人
シャノン・リー→ブルース・リーの娘 唯一の血縁者
チャールズ・パワネル→ナレーター
ブルース・リー→カリスマ的存在のアクションスター

スティーブ・ウェッブ監督の演出はよいと思います。
全体的に普通のドキュメンタリーになってます。

1本のハリウッド映画で・・・
『燃えよドラゴン』(1973年)のことです。

色々な人がブルース・リーについて語ります。
最初はブレット・ラトナー監督が登場しています。この監督はアカデミー賞の演出を降ろされた失態でかなり評価を落としています。

タイトル
Bruce Lee Changed The World

ブルース・リー出演作の色々な映像かモンタージュされます。
『燃えよドラゴン』(1973年)で有名な「考えるな・・」のシーンがあります。
片手指2本で腕立て伏せの映像があります。
有名なワンインチパンチの映像もあります。

ベイ・ローガン→VP ワインスタイン・カンパニー アジア担当。
ワインスタイン・カンパニーの映画プロデューサーのようです。
映画に関することを喋っています。

4作のカンフー映画を残して32歳で急逝したブルース・リー。
代表作は『燃えよドラゴン』(1973年)で彼の死後に公開された。

LL・クール・J→ラッパー兼俳優
ブルース・リーにはカリスマ性があると言ってる。
黒人に人気があるブルース・リー。マイノリティに人気があるらしい。
ところでLL・クール・Jは30本ぐらい映画に出てるそうです。私は見たことがない。と思ったが1ショットだけ出演していた『TOUCH タッチ』(1996年)を見たことがあった。

ブレット・ラトナー→映画監督
監督した映画8作はヒットしています。代表作は『ラッシュアワー』3部作。

エディ・グリフィン→俳優兼コメディアン
『ドラゴン怒りの鉄拳』(1971年)でブルース・リーを知った。
野外フィスティバルで映画が2作上映されていて迷わず『ドラゴン怒りの鉄拳』(1971年)を見に行ったと言ってる。もう1本はポルノだった。エディ・グリフィンの映画は『アンダーカバー・ブラザー』(2002年)を見たことがあります。

ブルース・リーの映画を見たあとは誰もがブルース・リーの真似をした。
全世界共通のことらしい。これは凄いことです。

マーガレット・チョー コメディアン
シュガー・レイ・レナード→元プロボクサー 5つの階級で6度のチャンピオン

『哲学』のチャプター
ブルース・リーの言葉が色々と出ています。

EZ→アーバンフリーフロー
フリーランニング。身体機能だけを使って街を駆け巡るパフォーマンス。
フランスのパルクールから派生したそうです。

映画プロデューサー ベイ・ローガンの出番は多い。度々発言をしています。

ブルース・リーは師匠のイップ・マンの下でカンフーを始めた。
精神修練の大切さを学んだブルース・リー。
18歳で渡米。大学で哲学を専攻。そしてジークンドーを創設した。

ジークンドーについて語るブルース・リーのモノクロ映像が出てきます。
これはTVショーのインタビューらしい。
ここは英語で話したのでブルース・リーのことが香港以外にも広まったとのこと。

リンダ・リー・キャドウェル→ブルース・リー夫人
1964年に結婚してるらしい。ブルース・リーが売れる前から結婚してたことになります。

シェイ・シー・イエン・ミン→少林寺の道場主 Syorin Monk

RZA→ミュージシャン兼音楽プロデューサー
バンド フータン・クランのメンバー。最近ですが映画監督もやってる。
ブルース・リーは預言者の1人だと言ってる。

『新しい価値観』のチャプター
欧米の映画界に現れた最初のアジア人スター。
それまでの欧米映画に登場するアジア人はこうだったと『ティファニーで朝食を』(1961年)のミッキー・ルーニーの日本人のシーンが出てきます。これはひどいな。国辱とはこれをいうのでしょう。

ドニー・イェン 俳優兼振付師、振付師は武術指導ともいう。
アジア人以外のマイノリティにも支持されていると言ってます。

アジア人は悪役か道化役ばかりのシーンになってまたミッキー・ルーニーが出ています。もういいって。

グレイディ・ヘンドリックス→映画批評家 バラエティ誌
エディ・グリフィンがブルース・リーはマイノリティのヒーローだと言ってます。

TVシリーズ『グリーン・ホーネット』(1966年)でのカトーの映像が出ています。
白人以外での初めてのヒーローだそうです。

『グリーンホーネット』のスクリーンテストをするブルース・リーの映像が見れます。
あまり変わっていない。
白人のおじいさんを相手にカンフーのデモをやってるブルース・リー。おじいさんは全くよけません。アジア人が白人に逆らうわけがないと思い込んでいるんでしょう。結構凄い。

デビッド・タッドマン→オーサー兼コレクター
白人の若い男。ブルース・リーのマニアなのか?
カトーの衣装のブルース・リーをプロデューサーが運転手と間違えたエピソードを紹介しています。

ロブ・コーエン→映画監督
アジア人のイメージを劇的に変えたとブルース・リーを評価しています。
それまでアジア人は出っ歯やメガネだった。実際そうだったのです。現在もそうか。
そんな感じで知的な武術家のブルース・リーがアジア人のイメージを一新したと言ってます。

『燃えよドラゴン』(1973年)の紹介。ブルース・リーの最後の作品。
アメリカとアジアの合作作品。
英語の作品だったので多くの人達が見たとベイ・ローガンが言ってます。
当時の批評は最悪。興行は大成功だった。

出演したジム・ケリーの話をしてるエディ・グリフィン。ジム・ケリーは黒人観客用感情移入キャラなので当然そうなります。
ジョン・サクソンは白人観客用感情移入キャラでした。
ブルース・リーはアジア系で、ブルース・リーだけでは客が来ないから他の人種の感情移入キャラを用意したわけです。

映画のアクションシーンの振付はブルース・リーがやっていた。

ジョン・サクソン→俳優
この作品について語ります。ジョン・サクソンも何だか大したことがなかった俳優です。まだ健在のようです。死んだら代表作は間違いなく『燃えよドラゴン』(1973年)でしょう。

『燃えよドラゴン』(1973年)の興行は7週間で300万ドルの収益を上げ、最終的には2億ドルに達したと言われている。
この作品の影響でTVショウのライブや余興等でカンフーが大流行した。
マペットショーでもカンフーネタが入る。

ヌンチャクの紹介になります。
ブルース・リーのヌンチャクアクションほど真似されたものは他にないでしょう。

『武術』のチャプター。
ジークンドー、総合格闘技の先駆け的な存在だそうです。
ルイス・ルック→香港 JKD association
メガネをかけたオタク風なオッサン。ジークンドー協会の人らしい。
シンプル、ダイレクト、ノンクラシカル、この3つが教えだそうです。
ノンクラシカル=伝統からの脱却

ブルース・リーは1950年代の香港ではストリートファイトをやっていた。
それであの師匠に学ぶようです。

ターキー木村→ブルース・リーの弟子 フォーマーstudent
シアトルの道場でブルース・リーが指導していた。その中にリンダ・リー・キャドウェルがいました。

リンダ・リー・キャドウェル→ブルース・リーの未亡人
この人がブルース・リーの死後の権利を管理しているのか?

1965年 TVシリーズ『グリーンホーネット』の撮影のためにロサンゼルスに移る。
この時期の弟子にスティーブ・マックィーンやジェームズ・コバーンがいたらしい。

デビッド・ウエスト→author チェイシング・ドラゴンズ
カンフーや柔道は型が決まってる。そこから脱却したのがブルース・リーだと言ってます。

ジークンドーは現在スコットランドにも根付いてる。
スコットランドのグラスゴー。ヨーロッパ有数の危険な街。こんな紹介でいいのか?。
トミー・カラザース→JKD instructor
護身術としてのジークンドーの指導者をやっている。
トミー・カラザースの師匠テッド・モンはブルース・リーの直弟子。
ストリートファイトの映像が出てきます。これはやらせでしょう。
効率を重んじるジークンドー。マジでストリートファイトの指導をやっています。

UFC総合格闘技の紹介になります。
ダナ・ホワイト→UFC president
このオッサンもうさん臭い感じが全開で良心のないプロデューサーそのもので単なる興行師のようです。
総合格闘技の概念を作ったのはブルース・リーだと思い切りヨイショしています。

ブルース・リーの娘シャノン・リーがUFCの会場を訪れた。
シャノン・リー→blues Lee's daughter ブルース・リーの唯一の血縁者
招待されてるのでUFCのことは悪くは言ってない。
ブロック・レスナー vs ランディ・クートゥアはペイ・パー・ビューで大きな売り上げを得たとなっています。大儲けしたらしい。

ジョーイ・バーナー UFC trainer
実戦向きのスタイル云々と言ってる。
『燃えよドラゴン』(1973年)のプロローグでのシーンで総合格闘技で使うグローブの原形が使われていると言ってます。

『肉体改造』のチャプター
ブルース・リーはトレーニングは物凄くやって、ステロイドも凄く使ったと思う。まだステロイドはなかったか?

ボディビルダーの紹介になっています。
ゴールドジム。アーノルド・シュワルツェネッガーもいた有名ジム。
当時の写真だとステロイド全開に見えます。ステロイドの割合はトレーニングより多いのか?

フレックス・ウィーラー→フォーマー ボディビルディング champion
この人は現在ではトレーニングもステロイドも抜けてスリムになっています。
ブルース・リーの筋肉は見事ですと言ってます。

マイク・カールソン→muscle & fitness magazine
ボディビルダーにはブルース・リーのファンは多い。腹筋のカッティングがいいと言ってます。いわゆる腹筋の割れ方がいいらしい。

1965年 開いたばかりの道場に道場破りが来て対決したブルース・リーは勝った。
しかし勝つのに3分もかかったことに腹が立ってますますトレーニングに没頭する。
そんなことをリンダ・リー・キャドウェルが言ってる。ホントか?
特に腹筋運動は熱心にやっていたブルース・リー。

1967年の空手大会で行われた、
有名な片手2本指の腕立て伏せの映像が出てきます。
これまた有名なワンインチパンチも出ています。
早く正確に動くことが出来たブルース・リー。

特製ドリンクを飲んでいた話しになります。まだステロイドがなかった頃です。
これが死んだ原因の1つなのか?そんなことはないか。
特製ドリンクはサプリメントの先駆だった。

香港のWah Yuen ユン・ワー →actor & stunt man
ブルース・リーの特製ドリンクの話をしています。これはビックリだったそうです。
ぞっとしたとも言ってます。

トレーニングに電流を使っていたブルース・リー。
またビックリのユン・ワーの話しになっています。感電させて体を鍛えていた。
しかし現在では治療の一環で電流療法もあるとなります。ここまで来ると何だか我田引水っぽい気もする。

ここ最近は中国でもブルース・リーを認め始めた。
ブルース・リー財団の代表を勤めてるシャノン・リーが香港を訪れた。

レイモンド・チョウが出てきます。ゴールデンハーベストの映画プロデューサー。
見た目通りで本物の良心のないプロデューサーです。たいしたものです。
映画プロデューサーは良心がないのが普通なのです。

レイモンド・チョウ→film producer
TVショーでブルース・リーを見てすぐに電話をかけた。ブルース・リーとの関係は良好だったと主張しています。誰も信じないと思う。

ブルース・リーは映画の仕事は何でもやりたがった。普通は振付師=武術指導ぐらいなんだけど。
レイモンド・チョウはブルース・リーとの衝突は起きなかったと主張しています。これも誰も信じないでしょう。

最初の作品が『ドラゴン危機一髪』(1971年)
ブルース・リーの進退を賭けた重要な作品で初上映のあとの反応は?→これは絶賛だったそうです。
観客の中には24歳の無名の助監督がいた。それがジョン・ウー監督です。

ジョン・ウー film director
中国人はブルース・リーに理想の中国を見たと言ってます。

2作目の『ドラゴン怒りの鉄拳』(1971年)は日本が悪役なので日本映画界では微妙な評価になっています。
ブルース・リー作品は4本しかないので無視するわけにもいかないし。

3作めが『ドラゴンへの道』(1972年)
最後の4作目が『燃えよドラゴン』(1973年)となる。
ブルース・リーは映画4作のみで超有名なのが凄い。

チャック・ノリスのインタビューはありません。
それにしてもチャック・ノリスは生きてる伝説そのものです。結構バカにされてるけど。

中国政府をブルース・リーのテーマパークの建設を決定。
建設予定地にシャノン・リーを招待する。

広東省の順徳にて。まだ更地に近い。
ここをバスで訪れたシャノン・リー。
18メートルのブルース・リーの像が建つ予定。全部予定です。現在はどうなってる?

中国人の男が登場。
香港時代のブルース・リーの自宅をブルース・リー記念館にする話が出てる。
確かラブホテルになっていたはずです。このことは出てこない。
現在の持ち主の実業家が登場。うさん臭そうなオッサンです。

中国の国営放送がブルース・リーの特別番組を放送する。
鑑賞してるシャノン・リー。

『アクション映画』のチャプター。
アクション映画の中心地 香港。ワイヤーアクションの撮影の風景。
トーマス・シン→stunt coordinator
香港映画のワイヤーアクションの歴史は古い。50年の歴史がある。
ところでワイヤーは人が引っ張っています。安上がりで調整が効くし動きが自然になっています。よい点が多い。
『グリーン・デスティニー』(2000年)でも使われている。
で、ブルース・リーはワイヤーアクションはやらなかったそうです。

デビッド・ウエストがワイヤーアクションに頼り過ぎてるデメリットを上げています。

ドニー・ウェンの紹介になっています。
有名な『ドラゴン怒りの鉄拳』(1971年)でジャッキー・チェンが橋本力の吹替スタントでワイヤーアクションで飛ばされてるシーンが出てきます。

ジャッキー・チェン→actor
ブルース・リーとのスタントで自分の顔を直撃した話しをしています。

武術をメジャーにしたブルース・リー。
1973年7月20日 脳浮腫で急逝するブルース・リー。『燃えよドラゴン』(1973年)の公開直前だった。
鎮静剤のアレルギーが原因が公式見解。
シアトルに埋葬されたブルース・リー。これも物議を醸しています。リンダ・リー・キャドウェルが勝手にやったと言われてる。
葬儀ではスティーブ・マックィーンやジェームズ・コバーンが棺を運んだ。

ブルース・リーの死後、香港映画は迷走する。
後釜を目指して誰もが第2のブルース・リーを名乗っていた。
エディ・グリフィンは全員偽物だったと言ってる。RZAも同じ意見です。

『死亡遊戯』(1978年)の撮影が無理やり再開される。
撮影済みのフィルムは11分7秒。あとは代役と合成ででっち上げた作品は酷評されています。
この作品のカリーム・アブドル=ジャバールが出ていて有名です。

カリーム・アブドル=ジャバール→actor 『死亡遊戯』
インタビューがあります。NBAの選手と混同してるのか?と思っていましたがその本人でした。

リンダ・リー・キャドウェルは勝手に撮影してたと言ってます。
冗談みたいなブルース・リーの顔を合成した映像が出てきます。デビッド・ウエストが酷評しています。実際その通りです。
現在のデジタル合成があったらそうは言われなかったと思う。

第2のブルース・リーから脱却出来た人もいた。
サモ・ハン・キンポー、ジャッキー・チェン、あとはいないようです。
そういえばサモ・ハン・キンポーは『燃えよドラゴン』(1973年)のプロローグに出ていました。

ジャッキー・チェンはブルース・リーの代わりは出来ないと言ってます。
それで別路線にして成功したとなっています。

LL・クール・J→演技でブルース・リーの影響を受けたと言ってます。
エディ・グリフィンは『アンダーカバー・ブラザー』(2000年)でブルース・リーの引用をやっている話しをしてる。
ブレット・ラトナー監督は『ラッシュアワー』シリーズで引用したシーンの話をしています。
黄色いトラックスーツは『キルビル』(2003年)/(2004年)でユマ・サーマンが着ていた。ユマ・サーマンのスタントはゾーイ・ベルがやっていました。

ブルース・リーの作品は4本。これだけです。
『グリーン・デスティニー』(2000年)や『マトリックス』(1999年)にも影響を与えた。

『音楽』のチャプター
RZAのインタビュー。『アフロサムライ』(2006年)の音楽担当。企画にもかかわってます。
VCはルーシー・リュー、サミュエル・L・ジャクソン。
ロバート・F・ディグスが本名のRZA。俳優もこなす音楽プロデューサー。ウータン・クランのリーダー。
カンフー映画とラップは即興が共通してると主張しています。
ラップバトルは武術と似ているとも主張してます。

カンフーアクションは基本的には振り付けをしてるはずです。その中で即興を入れるのか?、受ける相手役は大変そうだけど。

ブレイクダンスの紹介になります。
ラルフ・カサノバ→founder ダイナスティロッカー
ブルース・リーの影響を受けてると言ってる。
アクション映画にはダンスに似た動きがある。それはそうです。

ラロ・シフリン→composer
『燃えよドラゴン』(1973年)の音楽担当をした天才映画音楽家。
他にTVシリーズ『スパイ大作戦』(1966年-1973年)、『ブリット』(1968年)『ダーティハリー』(1971年)等々、
インタビューがあります。クラシック音楽には2000年の伝統がある。カンフーにも伝統がある。伝統を破った共通点があると言ってます。
それにしても『燃えよドラゴン』(1973年)のテーマは凄い。傑作です。

クエンティン・タランティーノ監督もブルース・リーのファン。
と言うより映画なら何でもファンなのでは?
『キルビル』の音楽はRZAが担当していたそうです。ブルース・リーのファンなのは共通していたそうです。
で、クエンティン・タランティーノ監督はウータン・クランのファンだったらしい。

デイモン・アルバーン→ミュージシャン
世界初の架空バンド ゴリラズのミュージシャン。よくわからん。

『ブランディング』のチャプター
CM マンガ、TVゲームにも使われるブルース・リー。
ブルース・リーのブランド力は大したものらしい。

スタン・リー→マーベルコミックス
インタビューがあります。ブルース・リーをモデルにしたアメコミキャラもいるとのことです。
スタン・リーは結構出たがりで色々なとこに出ていてTVドキュメンタリーにもよく出ています。

1980年代のTVゲームにブルース・リーが登場した。
アタリのTVCM
ブルース・リーの動きをシミュレーションした格闘ゲームは当然あるようです。

ノキア社でゲームを開発する話しがでています。
ラルフ・ラマンチ→プロデューサー ノキア
ジークンドーのトミー・カラザースがブルース・リーのを動きを実演してそれをモーョンキャプチャーのデータに取る風景があります。

広告にも最適なブルース・リー。

アリ・マルキン→クリエイティブ・ディレクター toy
広告代理店のCEO 最も良心のないプロデューサーといった感じ。
色々なCMに使われるブルース・リー。何しろ誰にもわかりやすいキャラなんです。

没後35周年のシアトルのブルース・リーの墓にて。
多くの人達が集まります。
隣にはブランドン・リーが埋葬されているブルース・リーの墓。
式典でシアトルにブルース・リー博物館を建設する話しになっています。

中国とアメリカで建設中のブルース・リーの像。
香港に当然あるブルース・リーの像。何故かボスニアにもあるブルース・リーの像。ボスニアでは民族融和の象徴とのことです。

死後35年以上経過したがブルース・リーの影響は計り知れない。
様々な方面、様々な所に影響を与えるブルース・リー。
世界を変えたブルース・リー。

最後にLL・クール・Jの言葉でエンドとなります。


そんなわけで我田引水や思い込み過剰もあるけどブルース・リーのことがよくわかるよい作品でした。


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