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2011.09.25

『クリント・イーストウッド 我が映画人生』

この作品はマイケル・ヘンリー・ウィルソンがインタビュアー兼監督、クリント・イーストウッド出演のドキュメンタリーのようです。
なおこの文はネタバレ全開となっています。

2007年 ハイワイヤー・プロダクションズ/Arte France present フランス作品
ランニング・タイム◆81分
原題◆Clint Eastwood, le franc-tireur
プロット◆クリント・イーストウッドにインタビューするドキュメンタリーです。
音楽◆トーマス・テイク・ウィルソン、フェル・イン・トゥ・ライフ by クリッパ・ジョーンズ
スカイパーフェクTV e2 CS228 ザ・シネマにて。画質はまあよいです。ビデオ撮りのようです。スクイーズ収録の録画でHDスーパーライブ。画面サイズはワイド。上下左右黒味はホトンド無しのフルスクリーン。

キャスト
クリント・イーストウッド→俳優兼監督
マイケル・ヘンリー・ウィルソン→インタビュアー兼監督

マイケル・ヘンリー・ウィルソン監督の演出はよいと思います。
音楽はジャズっぽいのが付いています。
どうやらインタビュアーもマイケル・ヘンリー・ウィルソン監督がやってるようです。
太鼓持ちモード全開でインタビューしています。そうしないと答えてくれない。


Les Film...
ハイワイヤー・プロダクションズ
Arte France present

いきなりカーメル市 ミッションランチにて。インタビューとなります。
クリント・イーストウッドが出て画面外にインタビュアーがいる。
ビデオ撮りです。これはフランスのTV特番か?。

タイトル
Clint Eastwood A life in film

クルマにて。これはベンツです。車種がなんだかわからん。
自分で運転してるクリント・イーストウッド。まだ体調は大丈夫なようです。
牧場に入ります。私道を延々と走っています。牛がいて鹿がいる
バーバンクまでどう行くんですか?なんて聞かれています。ワーナーのスタジオまでのことです。

インタビュアーはしっかりとクリント・イーストウッドをヨイショしています。そうでないと答えてくれないから。
昔の映画も悪くはないと言ってるクリント・イーストウッド。1940年代辺りの作品のことです。

『父親たちの星条旗』(2006年)
硫黄島のロケは一応日本と交渉したようです。
神聖な場所なのでアメリカ人の入るのは好まれないだろうと言ってるクリント・イーストウッド。
で、大半のロケ地はアイスランドで、海岸が硫黄島によく似てるそうです。
硫黄島でもロケは少しはやったはずです。それで日数は少なかったらしい。

撮影ではステディカムを使っています。これはいいな。
その場でビデオモニタで確認ができる。これは便利です。現像してから映写するラッシュフィルムに比べると確認の手間と時間が省けるから昔に比べると凄いアドバンテージになっています。

5人の兵隊が国旗を掲げるジョー・ローゼンタールの有名な写真。
旗竿の角度が素晴らしいと言ってクリント・イーストウッド。
この写真はやらせではないとしています。顔が見えていないからだって。

いい映画は偶然の賜物だ。
1回目のテイクの話しが出ています。
張りぼての山に旗を立てるアトラクションのシーン。
有名な俳優が出ていない話し。
3人の物語だと言ってるクリント・イーストウッド。
この作品はちゃんと見てくれと言ってるクリント・イーストウッド。途中でポップコーンを買いに行ったら理解出来ない作品だそうです。

自己形成期、自分探しの日々
昔の話になるようです。ティーンエイジの頃の話。
housecareにwellcare。wellcareが生活保護。
クリント・イーストウッドとマーロン・ブランドが一緒の写真。この2人は接点があったんだ。知らなかった。

TVシリーズ『ローハイド』(1959年)
これは見たことがありません。別にいいけど。
安定した仕事、映画の演出の勉強、演技の訓練、色々と役に立ったそうです。

『荒野の用心棒』(1964年)
『白い肌の異常な夜』(1971年)の話しも出ています。自分は成功したと言ってるクリント・イーストウッド。
ドン・シーゲル監督の話しになっています。脚本に命を吹き込むのが監督だと言ってるクリント・イーストウッド。
ところでドン・シーゲル監督は早撮りとアクションの職人監督。そんな印象があります。

ドン・シーゲル監督は太陽がどこから上がろうと臨機応変に撮影をしたと言ってるクリント・イーストウッド。
予定通りに行かないと何日でも悩む監督もいるとか。
セルジオ・レオーネ監督は何ヶ月前からも計画をねるタイプの監督だとか。
『許されざる者』(1992年)はこの2人の監督に捧げるクレジットが入っていました。

ちゃんと元ネタの『用心棒』(1961年)の話しをしています。
さすがにとぼけるわけにはいかないようです。普通は当たり前に無視するけど。

『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』(1980年)の話しになっています。
要するに「この役は君らしくないからよせ」と言われたとか・・・

『ブロンコ・ビリー』(1980年)
「なりたいものに慣れる」のセリフから・・・

『ダーティハリー』(1971年)
スタジアムのシーンになっています。「ストップ」のセリフ。

『恐怖のメロディ』(1971年)
これもユニバーサルから文句が出たそうです。「この役は君らしくないからよせ」
初監督の作品です。
そんなこんなでクリント・イーストウッドは結局ユニバーサルとは別れてワーナーへ行ったのです。
ドン・シーゲル監督が出演した話しをしています。ジョン・ヒューストン監督も映画に出てるからと説得して出てもらったそうです。

ところで歳をとるとボケて理想論しか言わなくなることがよくあるけど。クリント・イーストウッドはまだそこまでは行ってないようです。

監督業への挑戦 自由な発想。
屋外から室内になってモニタを見てインタビューとなっていつす。
インタビュアーも映っています。見てるモニタはアップル純正のモニタです。
『父親たちの星条旗』(2006年)の撮影風景です。
撮影スタッフも軍服を着てるのは映り込んでも大丈夫だからだそうです。
撮影カメラの映像をその場でモニタ出来るシステムはフランス製だそうです。

スティーブン・スピルバーグが撮影現場に挨拶に来ています。
クリント・イーストウッドとスティーブン・スピルバーグが話し込んでるすぐ横ではネイティブ系の俳優アダム・ビーチが1人で真剣にリハーサルをやっていいます。巨匠2人は余裕があり過ぎで対比になっています。

脚本にメモを書き込まないと言ってるクリント・イーストウッド。
インタビュアーは「撮影はジャズに似てますか?」とクリント・イーストウッドが好きそうな話題に振っています。

メイキング風景で撮影監督と打ち合わせをしてるクリント・イーストウッド。
複雑なシーンはどう準備してる?の質問です。
モブシーンはコントロールが効かないというのが定説なんです。
絵コンテは視覚効果がある場合は使うと言ってるクリント・イーストウッド。
撮影にはクレーンにステディカムを使っています。これが普通です。

弾薬箱に小型のビデオカメラを仕込んで兵隊役に俳優に持たせる。
この映像を使う。普通にブレブレになると思うけど。
で、ビデオカメラのことは内緒で持たせたそうです。そうでないと持たせた俳優が勝手に演出するからとのことです。
やっばり画面は相当ブレています。クリント・イーストウッドが言うにはそこがいいそうです。

おなじみの『海兵隊賛美歌』は流れないと言ってるクリント・イーストウッド。
後タイトルの例の写真のとこで少し入り途中でフェイドアウトさせてるそうです。
『海兵隊賛美歌』とはどういう音楽?、多分聞いたことがあると思うけど。

円熟期 心の声に従う。
インタビューは室内からまた屋外に戻ります。
メッセージ云々の話しになっています。これがあまりこだわらない方がいいと思うけど。

『ペイルライダー』(1985年)
女の子が神に祈るシーン。
ところで『ペイルライダー』(1985年)は話しが『シェーン』(1953年)と同じです。
西部劇は雄大な景色があるのでキャラクターが神秘的に見えて不思議な存在感が出せると言ってるクリント・イーストウッド。

人間関係の描写の話しになっています。
『アウトロー』(1976年)
集団生活をするシーン。
行きがかり上で家族を持つことになる男の話しだそうです。

『許されざる者』(1992年)
クライマックスのショットガンで撃つシーンです。
ジョン・ウェインは常に眼を映すようにしていたという話しから・・・
私はそんなことはないと言ってるクリント・イーストウッドです。

田舎が舞台の映画を多いのは?と質問です。
『センチメンタル アドベンチャー』(1982年)
成功したがらない人の話しをするクリント・イーストウッド。

成功したがらない人で当然チャーリー・パーカーの話しも出てきます。
『バード』(1988年)

『ホワイトハンター ブラックハート』(1990年)
ジェフ・フェイヒーが脚本家役で出ています。最近はロバート・ロドリゲス監督作品の常連でおなじみです。
自滅型のキャラクター。ジョン・ヒューストン監督の話しをしています。この作品のモデルになのだから当然といえば当然ですが。
脚本家と象狩りのことで口論となっています。

『マディソン郡の橋』(1995年)
「ロバート・キンケイドはあなたに1番近い役なののでは?」と質問してるインタビュアー。これはヨイショ系の質問です。
そうだと言ってるクリント・イーストウッド。自分はイタリア人の主婦は会わなかっただけだと言ってます。ホントか?。
この作品はクリント・イーストウッドがメリル・ストリープと互角に演技が出来ることを証明した作品だと思うけど。そういった意味でも結構重要な作品だと思います。

『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)
この作品はスポ根物かと思ったら安楽死肯定ドラマになってるらしい。

『硫黄島からの手紙』(2006年) 日本映画を作る。
俳優達は日本の学校でこの戦争の歴史は教えないので知らない。書籍もなく話題にも上がらない。ホントのことを言ってるクリント・イーストウッド。
ところで硫黄島に日本側の記念碑がいくつある?、まさか岸信介が記したの字の記念碑だけのわけはないと思うけど。それでは死んだ兵隊達が浮かばれない。

『用心棒』(1961年)のリメイクの話しがまた出ています。
そういえば最初は『用心棒』なんて知りませんとイタリアの映画プロデューサーはとぼけていたんです。さすがどこの国でも映画プロデューサーには良心がありません。
で、黒澤明監督は裁判に勝って賠償金がたんまりと入り、そのカネで『赤ひげ』(1965年)を撮ったらしい。

日本語だけの映画を作るのが興味深いと言ってるクリント・イーストウッド。
撮影現場には通訳がいます。通訳を通して演出しています。
渡辺謙は英語が話せるはずだけどやっぱり通訳を通してます。まあその方がいいと思う。

日本人俳優のキャスティングについて。
これは色々と興味深い。

『真夜中のサバナ』(1997年)
解釈は様々だと言ってるクリント・イーストウッド。この作品は興業、批評ともにイマイチでした。

歳をとるのはいいものだという話しになってるクリント・イーストウッド。
文句を言われなくなるのがいいそうです。

『ホワイトハンター ブラックハート』(1990年)
脚本家に自由に書けと説教してる監督のシーン。

モノクロの写真。
若い時のクリント・イーストウッド。
人生最大の分岐点とは?の質問。
それは俳優になったことだと答えるクリント・イーストウッド。
そういえばクリント・イーストウッドはコネは無しで俳優になっていました。だから遅咲きなのでしょう。

最後にありがとうの挨拶になります。
ところでクリント・イーストウッドは何をいじってる?、わからん。気になる。

後タイトル。
オリジナルミュージック
トーマス・テイク・ウィルソン、
フェル・イン・トゥ・ライフ by クリッパ・ジョーンズ

映画スティルの版権クレジットにTOHOが入っています。
東宝はソフトの値段が高くてしょうもない会社だけど、必要ならば外国の会社にも交渉するとこはエライ。この点は普通でちゃんとしています。

そんなわけでお手軽なTV番組といった感じですがよい作品でした。
こういうのも面白い。


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