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2008.08.02

『渚にて』(1959年)

この作品はスタンリー・クレーマー監督、グレゴリー・ペック、エバ・ガードナー他主演の終末物SFドラマです。
なおこの文はネタバレ全開となっています。
反核物で有名なので見ました。ネビル・シュートの原作は読んでいます。果たして原作に負けない出来でしょうか?

1959年 ユナイト アメリカ作品
ランニング・タイム◆135分
原題◆On the Beach
プロット◆核戦争の、その後の話しのようです。
音楽◆アーネスト・ゴールド
スカイパーフェクTV315スター・チャンネルにて。画質はよいです。

キャスト
グレゴリー・ペック→ドワイト・タワーズ艦長
エバ・ガードナー→モイラ・デビッドソン
アンソニー・パーキンス→ピーター・ホームズ大尉
フレッド・アステア→ジュリアン・オスボーン博士
ローラ・ブルックス→海軍省の女性オズグッド
ドナ・アンダーソン→奥さんのメアリー

スタンリー・クレーマー監督の演出はまあよいと思います。私はスタンリー・クレーマー監督とフレッド・ジンネマン監督を混同していました。

オーストラリアに潜水艦が入港して話しは始まります。潜水艦に魚雷を積んでますが、この状況で魚雷なんて必要なのかと思った。
核戦争後この状況についてはハッキリとは描写してなくて「あれ」と言ってます。
で、また調査に北上してサンフランシスコに行ったりします。ここがサンフランシスコと確認をするシーンでコイットタワーは見えなかった。こういうとこが不満だったりします。

謎のモールス信号のサンディエゴに行って調査をすると原因はブラインドのヒモにコーラのビンが絡まってキーを叩いていたという訳です。ここが見どころだったりして。

原作通りにカーレースのシーンがあって、映画になるとこれがハリウッドスタイルでやたらとクラッシュして炎上してました。レース映画『デイズ・オブ・サンダー』(1990年)並みです。

そして大体原作通りに進行してラストとなります。
ラストは原作と少し違ってましたけど。ハリウッドが核を扱うと、どこか抜けてお気楽なとこがありますが、この作品もそのようです。


キャストで・・・
グレゴリー・ペックの出演作品を見るたびに思うのは、果たしてグレゴリー・ペックは大根か?という疑問です。
何しろ、本『映画術』ではアルフレッド・ヒッチコック監督とインタビュアーのフランソワ・トリュフォーの両者ともグレゴリー・ペックは大根としているのです。
双葉十三郎の『ローマの休日』(1953年)の批評でもグレゴリー・ペックは大根となっています。
で、この作品のグレゴリー・ペックですがまあまあなんじゃないとなります。大根ではないと言い切れないのがこまったものです。

もしかしてエバ・ガードナーは代表作が2作ぐらいしかないのでは?
『殺人者』(1946年)と『裸足の伯爵夫人』(1954年)ぐらいかも・・・

アンソニー・パーキンスは『サイコ』(1960年)とあまり変わらないような。
奥さん役の女優さんはあまりかわいくない。ここはリアルとは別問題としてもう少し何とかならないものか。

フレッド・アステアがクルママニアのキャラでした。フェラーリだそうです。例の薬ではなくフェラーリで排ガス自殺と至ります。
原作ではクルマを保存するとこは泣けたな。映画では変更されてカットになっていました。

サンディエゴより意味不明の謎のモールス信号があります。この結末は?→原作通りでした。これはよいアイデア。
例の薬とは?等々、原作を読んでるので意外性はなかった。例の薬とは自殺用の薬のことなのです。
原作は前半が少々退屈で後半はよかった。で、映画はというとやはり前半は退屈で早く潜水艦に戻ってくれないかと見てましたが後半も退屈でした。
原子力潜水艦が浮上して話しは始まり、その潜水艦が潜航して話しは終わります。

正直言って単調で眠かった。『太陽を盗んだ男』(1979年)の次に見たのがまずかったようです。淡々とし過ぎて眠くなる小津安二郎監督の『東京物語』(1953年)あたりの次に見るのがちょうどよかったようです。
そんなわけで原作に負けているけど、まあまあな作品でした。



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コメント

こんにちは、ロイ・フェイスさん。

このスタンリー・クレイマー監督の映画「渚にて」が、反戦的なテーマを持っていることは自ずと明らかであるように思います。

遂に、誰もいなくなった広場にかかっている「まだ時間はある。兄弟たちよ」という横断幕が写し出されるシーンで、この映画は終るのですが、明らかにこの横断幕は、この映画を観ている人々に対して提示されているのだと思います。

この映画が製作された1950年代終盤というのは、冷戦下における、東西陣営の両極化が明瞭になり、軍拡の時代がまさに到来せんとしていたような時代でありました。

まだ時間があるというメッセージは、そういう軍拡競争が手遅れなポイントまで達するのを阻止することが、今ならまだ出来ると我々観る者に向かってアピールしているように思えます。

この映画の面白いところは、戦争の残虐さを残虐なシーンを見せることによって訴えるというような、通常よくある手法を用いるのではなく、逆に全くそういうシーンを描くことなく、見事に戦争の無益さというテーマを表現している点です。

例えば、核戦争で世界が壊滅したのなら、TV映画の「ザ・デイ・アフター」(1983)のような、どこもかしこも廃虚になっているような舞台を想像してしまうのですが、この「渚にて」には、ガラガラに崩れた廃虚など、どこにも登場しないんですね。

この映画においては、核戦争が発生したならば、軍事施設の次にターゲットになるであろうはずのサンフランシスコのような大都市ですら、無傷で残っているのです。

ただし、そこには誰一人生存者はいないわけであり、無傷で残った大都市に、ただの一人も人間が住んでいないという不思議な光景が、実に奇妙な虚無感を生み出すことに成功しているように思われます。

それから、放射能汚染による即時の生命の壊滅から免れた、地球上で唯一の国であるオーストラリアにも徐々に放射能が迫ってくるのですが、そこで営まれている生活が、最後の最後まで通常通り続いていく様を描いた後に、最後のシーンで、そのオーストラリアも無人の廃虚と化したシーンが写し出されます。

今まであったものがなくなってしまう様子を通じて、なんとも言えない虚無感、あるいは無為感が表現されているように思います。

こういう表現になったというのも、恐らくこの映画が製作された時代の、時代的な背景も一役買っていたのかもしれません。
もちろん、先ほど述べたような、東西の冷戦の初期の頃という背景もそうなのですが、この時代が、第二次世界大戦及び朝鮮戦争が終った後で、なおかつ、ベトナム戦争はまだ先であったという、中間的な時代であったということです。

戦争をリアルな戦争シーンとしてではなく、いわば"what-if"的なシナリオで描くような、婉曲的な表現方法が好まれたのかもしれないということです。

この映画の数年先には、キューバ危機のような事件も発生するのですが、「渚にて」という映画は、戦争の無益さを描いた、東西冷戦時代の映画の先駆けだと言ってもいいのではないでしょうか。

いずれにしても、「渚にて」は常套的な手段に頼らない、非常に変わった印象のある映画であり、カテゴリー的には、時としてSFとして扱われることもありました。

だが、製作意図という見地から見た場合には、時代的背景も考え合わせてみれば、SFというよりは、もっとより現実感覚へのアピールという側面が強い映画だったのではないかと思います。

陽炎さん、長めのコメントありがとうございます。

『渚にて』ですが映画もいいけど原作がまたいいんです。原作は泣けました。
そんなわけで原作も映画も出来がいい幸福な例の作品だと思えます。

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