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2007.05.20

『ジキル博士とハイド氏』(1941年)

この作品はビクター・フレミング監督、スペンサー・トレーシー、イングリッド・バーグマン主演のジキル博士とハイド氏物のリメイクです
なおこの文はネタバレ全開となっています。
イングリッド・バーグマンが似合わないキャラを熱演という評判なのが興味深くて見ました。出来がよい『ジキル博士とハイド氏』1932年版は見ているので当然比較することになります。

1941年 ビクター・フレミングズ・プロ/MGM アメリカ作品
原題◆Dr. Jekyll and Mr. Hyde
ワーナーの1932年版とのカップリングDVDにて。画質は非常によいです。
プロット 変身して女性を支配しようとする話しのようです。
音楽 フランツ・ワックスマン

キャスト
スペンサー・トレーシー→ジキル博士/ハイド氏
イングリッド・バーグマン→酒場のアイヴィ
ラナ・ターナー→お嬢様のビアトリクス
ドナルド・クリスプ→ビアトリクスの父
バートン・マクレーン→おかしくなったサム・ヒギンズ
イアン・ハンター→知人のジョン

ビクター・フレミング監督の演出はまあまあだと思います。
MGMなのでセットが豪華です。モノクロでも豪華さが伝わってきます。


プロローグ。教会です。神父の言葉に異議を申し立てる男がいます。
このサム・ヒギンズという男は事故にあってから性格が変わったとのことです。
ここは居合わせたスペンサー・トレーシー扮するジキル博士が病院に引き取って面倒みることになります。
同僚のヒース医師と口論するジキル博士。研究に夢中で大事な夕食に遅刻するジキル博士とキャラ紹介というか序盤の演出は結構いいと思いました。

知人のジョンはクラブに行く途中のジキル博士は街頭でトラブル中のアイヴィを助けます。アパートまで送ります。
アイヴィを演じるイングリッド・バーグマンは最初からオーバーアクト全開でやってます。ハリウッドのMGM的酒場の女給役ですが意外と似合っています。

アイヴィをアパートまで送るジキル博士。
まだガス灯の時代です。ここは下着姿まであるサービスぶりでした。

研究室にこもるジキル博士。
わかりやすい研究するモンタージュがあります。ようやく出来た薬を持って病院に行くが患者というかモルモットのサム・ヒギンズは死亡したと知ります。

帰宅途中で警備員?のウェラーと話しをするジキル博士。
で、どんな心境の変化なのか自分を実験台に使うことにします。
薬を飲んだら悪のモンタージュが流れます。わかりやすい。
ハイド氏となります。前評ではメイクは少なめで演技力で勝負らしい。実際に見るとまあそんな感じです。

大陸へ行ったビアトリクスからの手紙を読むジキル博士。
悪い知らせで帰国が伸びるらしい。やけを起こしたのか、また薬を飲んで悪のモンタージュからハイド氏となり町に繰り出します。雨の夜にミュージックホールへと行き10シリングのシャンパンをアイヴィに運ばせて口説くハイド氏です。

スペンサー・トレーシーのハイド氏の演技はどこかで見たようなとなり、しぱらくしてから思い出しました。『スカーフェイス』(83年)のアル・パチーノによく似ています。さすがにまだ1940年代なので「Fuck」なんて言わず、ヘロインも吸わず、自動小銃を乱射したり、ショットガンで撃たれたりはしません。

ハイド氏は口説く続きでミュージックホールで大乱闘騒ぎを起こさせ原因をアイヴィにして首にさせてアイヴィが外に出たとこを辻馬車に連れ込んで拉致しています。
馬車内で強引に口説いているとこで溶暗となります。1940年代なので肝心なとこは溶暗となります。これは別にハンデにはなっていません。演出がよければのことですけど。

アイヴィのアパートに知人のマーシャが来ます。
何があったのかハイドを極端に恐れているアイヴィです。そんなとこにハイド氏がやって来ます。アイヴィを支配しているハイド氏。アイヴィの背中に傷があるらしい。ということはSMなのかい。
歌うの嫌がるアイヴィに無理に歌わせます。溶暗となります。しつこい描写なのでようやく溶暗なのかと思ったりします。描写バランスというのはむずかしいものです。

アイヴィがジキル博士に診察を受けにやって来ます。これは偶然です。
「口ではいえないとこをされた」とアイヴィ。これは古典的でギャグになりそうなセリフです、でもいいセリフだと思う
ハイド氏は現れないと断言するジキル博士。見ているひとにだけわかる根拠です。

公園を歩くジキル博士。自然とハイド氏となります。1932年版とは違って何のきっかけもなしにハイド氏となります。これには不満があったりします。
ここの変身は顔のクローズアップショットをオーバーラップさせて変身としています。で、アル・パチーノになります。

アイヴィのアパートにて。
来ないはずのハイド氏がやって来ます。まだいつものプレイとなるとこですがアイヴィの悲鳴が聞いた近所の人達が押しかけて大騒ぎとなりハイド氏は逃亡します。
肝心のアイヴィはソファの影に隠れたままどうなったかもわからずにそれっきりとなっています。イングリッド・バーグマンの熱演(空回りはしているけど)は何だったんだとなります。

研究室裏口のカギはジキル博士が溶かしてしまったので入れないハイド氏です。
知人のジョンに手紙を出して問題の薬を持ってきてもらいます。
ジョンの自宅にて。知人の目の前で薬を飲むハイド氏。1932年版であった名セリフ「真実を見よ」があっさりとカットされていました。ガッカリした。
ここもオーバーラップさせて変身しています。あまり驚いていないジョン。これは演出が悪い。大げさに驚くオーバーアクトでもまずいから、そこを何とかするのが演出なのでしょう。こまったものです。

ビアトリクスの会いに行くジキル博士。
別れ話となります。しばらくして戻って来たらハイド氏となっていました。
で、ビアトリクスの父をステッキでめった打ちにして逃亡するハイド氏。これは以前から不仲だったジキル博士の意図は入ってるのか勘ぐりたくなるほどです。人格が別れていなかったらこの話しは根本的に設定がおかしくなりますけど。

研究室に戻るハイド氏。ジキル博士に戻ります。
警察と一緒にジョンが来てジキル博士の正体をバラします。私ではないと熱弁するジキル博士ですが自然にハイド氏に変身してします。結局ジョンがハイド氏を射殺します。
このジョンというキャラは何なんだ?となります。
で、唐突に宗教的な描写が入りエンドとなります。ヒロイン2人は放ったらかしで、なんだいこりゃというのが正直な感想です。


貫録充分なスペンサー・トレーシー。あり過ぎのような。
スペンサー・トレーシーといえばジョン・スタージェス監督の『日本人の勲章』(55年)が印象に残ります。トレーシーが片腕の空手の達人を演じて悪の一味ロバート・ライアンがボスで手下のアーネスト・ボーグナインやリー・マービンを叩きのめすウエスタン風のアクション映画でした。←嘘ではありません。

イングリッド・バーグマンは涙を流してのかなりの大熱演となっています。熱演空回り気味のようなとこも多かったりします。
ラナ・ターナーはこの頃は新人?全く見せ場はありません。


そんなわけでつまらなくはなく色々と興味深い作品でした。イングリッド・バーグマンの熱演してもハッキリ言って『ジキル博士とハイド氏』1932年版の方が出来がいいと思います。

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